自作PC使ってます 【生きてました】東日本大震災当日の事【震災9日目】

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【生きてました】東日本大震災当日の事【震災9日目】

駄文ではありますが、箇条書き程度に地震・津波体験を書きます。


3月11日 14:45頃
初めての緊急地震速報メールを受信
そして間もなくガタガタと揺れ始め、すぐ揺れはおさまるだろうと、思っていたがおさまらず
それどころか揺れは激しくなる

窓などを開け逃げ道を確保
客先にいたので、皆の状況をみながら避難口へ

長い揺れはおさまったが、今まで体験したことの無い揺れで、次に心配するのは津波
私は宮城県気仙沼市に住んでいるので、地震と津波はセットのようなものです。

地震直後は高台にいたので、もし津波がきても安全。
と、なると気になるのは家族の身の安全だ

地震直後に大津波警報が発令!
6mの津波が、15:00頃にくると、防災無線で放送があった。


自宅に電話…なかなか繋がらない。
やっと繋がり母は無事だった。

しかし、父と弟の状況が不明らしい
父は海沿いの会社勤め、弟は就職活動中で恐らく海沿いの職業安定所
二人とも非常に危険な場所にいた。

父はきっと大丈夫と信じ、弟に連絡を試みたが連絡つかず…。
とりあえず会社に戻り、様子を確認。
会社は物が倒れたりなんかはあったが、問題なし
そうしている間に津波が川を逆流!
あっという間に川が氾濫

落ち着いた辺りで、社長から自分の責任で行動して良いと指示があったので、家の様子を見に行くことにした

車は恐らく津波の影響で道路が渋滞しており駄目だろうと思い、走って家まで向かいました。
すこし走っていくと、瓦礫の山と、水とドロでぬかるんだ道・・・。前に進めず迂回し、山を越え家まで向かっている途中、東の海沿いの空を見ると火事で真っ赤。しかも爆発している音まで聞こえる。

父は、弟は無事だろうか?と心配
そして、なんとか家に戻ると母が庭でオロオロしていました。
(母は近所の人と、高台に非難しており無事でした。)

母の話だと家の床上まで水がきたようだった。
(沿岸付近だが、内陸の方なので安全かと思っていた自宅まで1.5m以上の津波がきたようだ)

しかし、家の中に入ると幸いにも浸水はしておらず、サッシから水が染み出した程度で助かった。
外に出て周りを確認すると、どこからきたのか津波で流れてきたエスティマが庭に止まっており、津波の凄まじさを痛感した。

母を一旦、避難所へ向かわせ、自分は会社に一旦戻って状況を説明し、父が無事らしいという情報を聞き、母親に知らせてあげたく、急いで自家用車にのり避難所へ向かった。
避難所はすでに人でいっぱい。なんとか母を見つけ合流した。

一向に弟は連絡がつかない・・・。
こうなってくると希望が絶望に変わってくる。
しかし、生きていると信じて連絡をし続け、あちらからの返答を待った。

避難所では、近所の人がコメを提供してくれたらしく、握りこぶし半分くらいのおにぎりを1人1個頂いた。
コメに芯が残っていたが、すごく美味しかった。

おにぎりを食べた後、間もなく父が3時間かけて非難した場所から自力で帰ってきた。
父がいた会社付近は火の海で、地獄のようだとの事。
第一波で沿岸沿いにあった石油タンクが流され、それに引火。
その火が養殖いかだに引火、流された養殖いかだと、浮いた油が建物に火をつけて辺りは火の海になっていたそうだ。

父の話だと弟は地震の直後、父のもとに来ていたらしく地震で慌てていると思われる母が心配だったので、急いで家に帰れ!と、支持をしたそうです。沿岸沿いを帰っていなければいいな・・・。と、弟の安否を心配しました。


父は一旦、自宅へ戻り自分と母は、避難所で一晩過ごしました。
朝早く家に戻り、明るくなった状態で見た自宅の周りを見て、言葉では言い表せないほどびっくりした。
見慣れていた何気ない景色とまったく違うのだ。
近くの水産会社の製品用の材料、そして家は流され瓦礫の山。

自宅が残っていたのが不思議なくらいだった。


そして、依然として安否不明の弟・・・。

探しに行きたいが、各地は浸水、大津波警報は発令中
各道路が寸断され、弟がいたと思われる付近には行けない。


午前中、叔父が様子を伺いにきて帰っていった。
そして、午後また叔父が来たのだが、後ろには弟の姿が!


もう助からないと思っていたので、ものすごく嬉しかった。

今までどうしていたのかと聞くと
当日、車で家に帰宅中に、津波に飲まれ流されたのだが
流された後、流れていたトラックに運良く開いた車のドアを開け飛び乗り
さらに、運良く流れ着いた建物の屋根に飛び乗り、その上にいた人たちと一晩耐えたそうだ。
そして、水が引くのを待って親戚の家に行き着替えをもらい、叔父に送られて帰ってきたそうだ。


震災翌日、母方の祖母が脳梗塞で倒れ亡くなってしまったが、がんばって生きてます。

こちらは避難所で生活している人たちは、約20,000人(3月17日)です。


自衛隊、消防、警察、各支援をしてくださる全国、全世界のみなさん本当にありがとうございます。
復興に向けみんな頑張っております。


災害復興も心配ですが、福島原発が心配で仕方ありません・・・。
いったいどうなるんでしょうか。


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[ 2011/03/19 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

けせもい

Author:けせもい
色々興味が有りすぎて、まとまりなくてすみません。PC全般、PCゲーム等に興味があります。毎日提督業に3時間以上励むため、色々疎かに・・・。
鹿屋泊地で提督やってます。
現在司令部Lv110(2016.10.22)

2016年秋イベで谷風ドロップ!あと残すは酒匂。


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